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1Q84 Book 2
1Q84 BOOK 2

Book2に入って、2話がつながりを持つ。読みやすさは加速。
しかし、最後は・・・やはり、Book3につながるのか?

話さなくてはならないことがあるのだが、それを口にすることによって、そこに含まれている事実が、事実としてより確実なものになってしまうかもしれない。

チェーホフがこう言っている。物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない、と。





時間と自由、それが人間にとってお金で買えるもっとも大事なものです

生まれ方は選べないが、死に方は選べる
気に入った職場を見つかるのは簡単じゃない

金魚の代わりに買ったゴムの木

過去をどれほど熱心に綿密に書き換えても、現在自分が置かれている状況の大筋が変化することはないだろう

私という存在の中心にあるのは愛だ

ある年齢を過ぎると、人生というのはものを失っていく連続的な過程に過ぎなくなってしまいます。そして、その代わりに手に入るのは、とるに足らんまがいものばっかりになっていきます。

誰かのつくった空白をこの私が埋めてきた。そのかわりに私がつくった空白をあんたが埋めていく。回り持ちのようなものだ。
説明されないとわからないのであれば、説明されてもわからないのだ。

目の前に為すべき仕事があれば、それを達成するために全力を尽くさないわけにはいかない。

真実はおおかたの場合、強い痛みを伴うものだ。そしてほとんどの人間は痛みを伴った真実なんぞ求めてはいない。人々が必要としているのは、自分の存在を少しでも意味深く感じさせてくれるような、美しく心地よいお話なんだ。だからこそ宗教が成立する。
この世には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない。善悪とは静止し固定されたものではなく、常に場所や立場を入れ替え続けるものだ。重要なのは、動き回る善と悪とのバランスを維持しておくことだ。
復讐ほどコストが高く、益を生まないものはほかにない。ウィンストン・チャーチル

影は、我々人間が前向きな存在であるのと同じくらいよこしまな存在である。我々が善良で優れた完璧な人間になろうと努めれば努めるほど、影は暗くよこしまで破壊的になろうとする意志を明確にしていく。人が自らの容量を超えて完全になろうとするとき、影は地獄に降りて悪魔となる。なぜならば、この自然界において、人が自分自身以上のものになることは、自分自身以下のものになるのと同じくらい罪深いことであるからだ。ユング

善であれ悪であれ、光であれ影であれ、その力がふるわれようとする時、そこには必ず補償作用が生まれる。

愛がなければ、すべてはただの安物芝居に過ぎない

その青豆という名前の女の子は長い間ずっと変わることなく僕の意識の中心にいた。にもかかわらずというか、それがあまりにも中心にあったために、かえってその意味を掴み切れなかったみたいだ。

その文章は一見したところシンプルで無防備でありながら、細かく読んでいくと、かなり周到に計算され、整えられていることがわかった。書きすぎている部分はひとつもなかったが、それと同時に、必要なことはすべて書かれていた。形容的な表現は切り詰められているものの、描写は的確で色合いが豊かだった。そして何よりもその文章には優れた音調のようなものが感じられた。声に出して読まなくても、読者はそこに深い響きを聞き取ることができた。

今ここにある新しい世界が、どのような成り立ちを持った世界であるにせよ、おそらく自分はそれをそのまま黙って受け入れざるを得ないだろう。

私には他人の生命を引き受ける余裕はない。自分一人の生命の重みに耐え、自分の孤独に耐えていくだけで精いっぱいなのだ。

でもそれは結局のところ、どこか意味あるところに発展する見込みのない才能だった。それはただそこにあっただけなんだ。

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一般書 【2010/01/01】 edit
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